真田頼昌
プロフィール
読み仮名
さなだ よりまさ
生没

生年不詳~1523(大永3)年3月15日 享年不詳

出生
不詳
別名
右馬助(右馬佐、右馬介)、道端
法号
真田道端大禅定門一翁宗心大居士
海野棟綱の娘
子供
長男:真田綱吉、次男:真田幸隆、三男:矢沢頼綱、四男:常田隆永、五男:鎌原幸定
埋葬地不明
備考
 
沿革
真田頼昌の沿革

真田頼昌についての資料はほとんど残っていないので、詳しいことは分かりません。

最近になり、幸隆の父親であるとの説が定着してきました。
頼昌の子供は長男である綱吉(つなよし)の他に、次男に幸隆(ゆきたか)、三男に矢沢頼綱(やざわ よりつな)、四男に常田隆永(ときだ ただなが)、五男に鎌原幸定(かんばら ゆきさだ)がいます。

松尾城を本拠地にし、現在の上田市真田町の一部を支配していたと言われています。

1523(大永3)年3月15日、頼昌が亡くなりました(頼昌享年不詳)。
長谷寺(上田市真田町)の付近に墓があったと言われていますが、現在は不明です。

1540(天文9)年4月16日、頼昌の妻(幸隆の母)が亡くなりました。
頼昌の妻のことも、詳しいことは分かりません。

トップ真田氏データベース真田氏一族藩主系黎明期真田頼昌一家>真田頼昌

 

 
ろくもんせんどっとこむ トップページへ 真田氏データベース トップページへ ルーツ 家紋 歴代藩主 一族 系図 年表 親戚 家臣 勢力範囲 合戦遍歴 関連伝説 真田十勇士 有力者データベース 用語データベース サイトインフォメーション トップへ