羽根尾城跡
基本データ
読み仮名
はねおじょうあと
別名
 
所在地
群馬県吾妻郡長野原町羽根尾
遺構
 
区分
 
備考
JR吾妻線羽尾駅で下車。
経歴

幸隆が真田氏の当主だった1541(天文10)年5月、真田氏が属していた海野一族は「海野平の合戦」(神川合戦)で武田信虎・諏訪頼重・村上義清の連合軍に敗れました。
この戦いで勢力を失った海野氏とともに真田氏は上州(群馬県西北部)へ逃れ、羽尾幸全(はねお ゆきてる)を頼りましたが、その羽尾氏の居城です。

羽尾幸全には海野姓を名乗る2人の弟、海野幸光と輝幸がいました。
海野氏は上杉方の岩櫃城主斎藤憲広に従っていましたが、武田方の真田氏に寝返ったため、斎藤氏は不利になり、結局岩櫃城は真田氏によって攻略され、その後は海野氏が岩櫃城代になりました。
海野氏は吾妻郡の武将達と折り合いが付かなくなり、矢沢頼綱によって真田昌幸に謀反の疑い有りとの報告をされました。
真田氏は海野幸光を岩櫃城で、海野輝幸を沼田付近で討ちました。

羽尾城の登り口付近には海野氏の墓があります。
海野氏は真田氏と同じ一族なので、六文銭の家紋が墓に刻まれています。

本丸や二の丸など曲輪の遺構が比較的良好に残っています

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