安居神社
プロフィール
読み仮名
やすいじんじゃ
正式名称
安井神社、安居天満宮
所在地
大阪府大阪市天王寺区逢阪
遺構
「真田幸村戦死の碑」(大正時代に建立)、伝真田幸村の抜け穴
区分
神社、供養塔
備考
 
経歴

安居神社には、真田幸村(信繁)の「真田幸村戦死の碑」があります。

この神社は、聖徳太子が四天王寺を建てた頃に創建されたと言われ、901(昌泰4)年に菅原道真が筑紫に左遷されて向かう途中、この神社に立ち寄ったことから安居神社と呼ばれるようになったそうです。
安居(あんきょ)=休憩です。

豊臣氏と徳川氏の対立は大坂冬の陣和睦後もさらに深まっていき、1615(慶長20)年4月に大坂夏の陣が起こりました。
先の和睦によって大坂城は本丸を残して堀や堀周辺の石垣が破壊され、豊臣秀吉が築いた豪華絢爛で難攻不落であった大坂城は無惨な姿になっていました。
そこで真田幸村は、大坂城の総構えだった地点よりも、さらに南側である冬の陣で徳川家康が陣を張っていた茶臼山に陣を張って、ほかの豊臣方軍勢と共に最後の戦いに挑んでいきました。
5月7日、真田信繁(幸村)は家康がいる家康本陣へ突入し、家康は命からがら逃げました。
結局、信繁(幸村)は家康を討つことができず力尽きて、この安居神社の付近で討たれました。

この神社にある石碑は大正時代になって建てられたものだそうです。

安居神社の通りを挟んだ向かいには、本多忠朝の墓がある一心寺があります。

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