真田庵(善名称院)
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真田庵(善名称院) 境内
神社
真田地主大権現

真田昌幸 墓

供養碑
真田信繁(真田幸村) 供養碑
基本データ
読み仮名
さなだあん(ぜんみょうしょういん)
別名
善名称院(ぜんみょうしょういん)
所在地
和歌山県伊都郡九度山町九度山1413
遺構
真田昌幸の墓、真田信繁(幸村)と幸昌(大助)の供養塔
区分
寺・墓・資
説明

真田庵は通称であり、正式には善名称院といい、 真田氏が幽閉されていた屋敷跡に建てられた寺です。

九度山町は高野山の表参道に位置します。

1600(慶長5)年12月13日に上田を出発した真田昌幸・信繁(幸村)一行は、高野山蓮華定院に着き、九度山に住居を構えることになり仮屋敷に住んだ後、ここに建てられた屋敷に住んだと言われています。

1611(慶長16)年6月4日、昌幸は幽閉生活の終わりを夢見ながら享年65才で亡くなりました。

そのおよそ3年後である、1614(慶長19)年10月9日、真田昌幸の次男である真田信繁(幸村)は長男幸昌(大助)と家臣を連れて九度山を出発して大坂に向かいました。
1615(慶長20)年5月7日、真田信繁(幸村)は討ち死にしました。

境内には真田昌幸の墓、真田信繁(幸村)と大助の供養塔があります。

善名称院に伝わる真田氏床地の品々が、隣接する真田宝物資料館に展示されています。

備考
真田宝物資料館
 
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